審査レポート - 進路探究コース:「人物ドキュメンタリー」部門

今年は、初出場の学校も目立つ中、それぞれのチームらしいオリジナリティのある発表が多く見られた。

接戦を制して見事にグランプリを受賞したのは、大阪の常翔啓光学園中学校の「バナナヘッズ」チーム。

阪神ファンの目線から長嶋茂雄を取り上げるという独特の構成だ。チームメンバーの中でひとりだけが巨人ファン、後のメンバーは全員が阪神ファンだということで阪神のユニフォームを身にまとい舞台に現れた。

阪神の優勝を常に阻む永遠のライバルとして長嶋茂雄を設定し、そんな阪神ファンからも愛される長嶋の魅力を浮き彫りにした。
それぞれのメンバーのキャラクターに合った役の割り振りも見事で、木訥とした演技に味わいがあった。
単に「私の履歴書」の原作をなぞるだけではなく、自分たちならではの解釈と表現で長嶋の人間性に切り込んだことがこのチームをグランプリ受賞へと導いた。

準グランプリに輝いたのは、同じ大阪の常翔学園中学校、「はぎちゃんず」チーム。
生前の実績が他分野にわたり10分で表現するのが難しいと思われる松前重義の人生に挑んだ。

授業中の居眠りからタイムスリップし松前の足跡を辿るという演出。
日本の科学技術の発展への貢献、柔道の振興、キリスト教への信仰、東海大学の設立等、それぞれの実績をわかりやすく表現した。

松前を演じた男子生徒の演技力、迫力には見るべきものがあり、「信念を持てばどんなことでもやり遂げられる」という松前のことばは、締めくくりのメッセージとして会場に響いた。

グランプリを受賞したチームと比べても、まったく遜色のない作品であったことは、審査委員のすべてが認めるところだ。

極端に方向性の異なるふたつの作品を前に、審査はぎりぎりまで紛糾したが、最終的には、自分たちのオリジナルな考え方がどこまで盛り込めたか、想定された型をどれだけ破ることができたか、という視点から、今回は「バナナヘッズ」に軍配が上がった。

田辺聖子の魅力を存分に表現した長野県上田千曲高等学校の「ぼくはちくわ。」チームの発表も会場を大いに沸かせた。
大阪弁の魅力や作品の紹介、田辺聖子の恋のエピソードなどを綴りながらも、なんと言っても圧巻なのは、ひとりの女子生徒による田辺聖子のインタビュー時のものまねだった。 YouTubeでみつけたインタビューの再現と言うことだが、実際によく似ている上に、その聞き取りにくい内容をテロップで画面に出すという演出が良かった。
話す内容はとても深いもので、会場の笑いと感銘を同時に誘った。

奈良県から参加の育英西中学校「FINAL COLOURS」チームは、佐藤愛子の波瀾万丈の人生を「女の強さ」というテーマで描いてみせた。

自分たちが描いたイラストをふんだんに使ったスライドや女子チームらしい振り付けなど盛り込んだ演出は魅力的だった。
幾多の苦労にもめげることなく逞しく生き抜く佐藤愛子の人生を上手に描いてくれた。
しかし同時に、単に苛酷な自人生体験を文学に昇華しただけに止まらない、佐藤の人間としての意識の高まりやおおらかさといった人生の境地までを、中学生に表現して欲しいと思うのは果たして酷であろうか。もう一歩の探求が期待された。

埼玉県立伊奈学園中学校「HNDSO16」チームは、本田宗一郎の情熱溢れる人生を、多くの工夫を凝らして伝えてくれた。

発表の全体が工場見学になぞらえられていて、自動車の組み立ての工程毎にエピソードを交えていく手法はわかりやすく、見るものを飽きさせない。

セリフもナレーションも、はきはきと明瞭で小気味よく、この日までにどれほど練習を積み重ねてきたのかがうかがえる。
きっちりと完成度の高い作品に審査委員からの評価はあったものの、完璧なだけでは、本田宗一郎の野性味溢れる魅力を伝えきれないのでは、との意見も聞かれた。

初出場ながら会場の注目を集めたのは、大阪の賢明学院高等学校の「Learning from history」チーム。
安藤百福の人生を、iPadで制作したというムービーで表現した。

黒板のチョーク絵をコマ撮りしたセンスあるオープニングは、審査委員を務める映画監督の砂田麻美さんからも高い評価を得た。
全編映像による発表は、制作時間も相当かかったようであり、とてもチャレンジングな試みではあったが、それだけで人の心を揺さぶるには相当の技術が要求される。
他の発表手法も交えるとか、映像はそのままで声の部分だけアテレコでやる等の工夫をすれば、さらによくなったと思われる。

常連、滝川第二中学校の「ゲゲゲのしげる」チームは、水木しげるの個性的な人生を絶妙に描いてくれた。

このチームの魅力はなんと言っても配役の妙だ。主役やそれぞれの脇役がすべてキャラクターにはまっていて全体の完成度を高めていた。
ことに、ラバウルでの水木の友人、トペトロを演じた生徒の思いっきりのいい演技は見る人の心をひきつけた。

水木の人生を丁寧にわかりやすく、一生懸命に演じてくれたことは高く評価されたものの、短いセリフのやり取りでつくられたシーンの繰り返しが、やや単調に感じられる場面があった。
基本に沿ってつくり、それをもう一度壊す勇気が求められた。

こちらも初出場の三浦学苑高等学校「小倉ボンバーズ」チーム。
小倉昌男の人生とヤマト運輸の成功のストーリーをビジネスマンのような論理性の高いプレゼンテーションで伝えてくれた。

さまざまなハードルを乗り越えながら、ヤマト運輸を育て上げた小倉昌男の生き様を、「“盲信”して“猛進”する」というキーフレーズで表現。
吉野家の単品主義や、JALの旅行商品のサービス化などから学び、経営に活かしていく小倉の姿勢をパワフルに伝えた。

力強く、個性的なプレゼンテーションは異彩を放っていた。
審査委員長の米倉誠一郎教授からは、「国と戦ってまでも宅急便を築き上げてきた小倉さんの“猛進”ぶりが、本当にどれほどのことか、さらに深く感じて欲しい」という期待のコメントがあった。

発表の手法や技術は向上し、難しいストーリーを上手に表現するチームが増えてきており、その意味ではどのチームもすばらしい発表だったと言える。
しかし、その一方で、取り上げた人物の人間的深みや人生の機微などを上手く表現できた作品はそう多くはなかった。

人間的ふれあいが少なくなりつつある今日、生徒たちが過ごす日常の環境の影響もあるかもしれない。
だからこそ、先人の生き様の中から見つけられるものがあるはずだと思う。
プログラムの提供側としてもさらに探求を重ねていきたい。

「人物ドキュメンタリー」部門 審査委員
宮地 勘司

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