【審査講評】
「自分史」部門は,人生の機微を感じさせる味わい深い秀作が揃った。
過去編ふたつ、未来編ふたつの計4作品の発表があった。
その中で、見事グランプリに輝いたのは、埼玉県立皆野高校の宮城珠理亜さん。
タイトルは「過去に忘れていた夢」(未来編)だ。
近未来の自分の姿を独特の感性でリアリティを持って描いてくれた。
この春、高校を卒業し就職する宮城さんは、何事もなく働き始め、
代わり映えのしない毎日を送るうちに、だんだんと心が枯れていく。
圧巻なのは、後半だ。
ある日友人と出かけた小旅行で、大自然の雄大さに触れ一気に心がほどける。
人間としての活力を取り戻していく様子を生き生きと描いてくれた。
「今生きているこの瞬間も。そばにいた友人も。すべての人やものが
そこに存在することのいとおしさが身に染みたのだ。
つまらないと思っていた日常は、私がそうなるように作っていただけ。
同じことを繰り返せるありがたさ、家族がいてくれる幸せに改めて気付かされたの
だ。」
彼女が目覚めていく光景が目の前に広がるようで、会場は思わず引き込まれた。
そして最後は、声優になりたいという夢をもう一度追いはじめると締めくくった。
十分に抑制の効いた、それでいて味わいのある朗読は確かに人を魅了するものだった。
もう一点、審査委員の心を捉えたのは、同じ皆野高校の甲池江里さんの
作品「未来へ伝えていくもの」(未来編)。いじめ問題に真っ向から取り組んだ意欲作だ。
いじめにまつわる子どもたちの心の機微や、
いじめが起こる背景を精緻に分析してみせた。
視点の鋭さと、静かな中に強い意志が感じられる甲池さんの発表は
審査委員にも、しっかりと受け止められた。
「将来はカウンセラーになっていじめのない社会を実現する」と誓う甲池さん。
世の中の多くの人が、いじめを無くすのは困難なことだと考える中で、
根絶するべきだという正論を堂々と訴える気概と勇気は高く評価された。
その上で、前向きな気持ちへと転換していく心のプロセスや
いじめ根絶の具体策をもう一歩踏み込んで聞いてみたいという声もあがった。
やや緊張感のある会場の中で、トップバッターをつとめてくれたのは、
三重県立名張高校の山本成美さん。タイトルは「今の私がある理由」(過去編)。
工夫を凝らした自作のスライドを背景に、バスケットボールと共に歩んできた
自らの道のりをしっかりと伝えてくれた。
最初は、あまり好きではなかったバスケットに取り組んで行くうちに、
さまざまな葛藤や紆余曲折を乗り越えて、
山本さんが大きく成長していく様が生き生きと描かれていた。
キャプテンを務めながらも怪我に泣いたが、その後の懸命のリハビリ体験が
彼女を「理学療法士になって人を助けたい」という夢に導いた。
自分史を朗読していくうちに、こみ上げてくる彼女の気持ちが感じられ、
聞く側も心を揺さぶられた。
常翔啓光学園中学校の杉野千侑さんの「キャンプがあるから今がある!」(過去編)も
困難を乗り越えて新しい境地を発見していく体験談だ。
小学生の頃、参加した夏キャンプでいじめられ、一度はキャンプが嫌いになったが、
その半年後、「今度こそは友達をつくる」と決心して
参加した冬キャンプで見事に苦手意識を克服した。
そして、キャンプの中で訪れた古民家の太くうねる梁を見た小学生の驚きが
瑞々しい言葉で表現された。それがきっかけで今では建築に関する仕事に
就きたいとまで思うようになったという。
例え小さな一歩でも、勇気を持って踏み出したことで、
新しい未来が広がっていくことを伝えてくれた。
どの作品も、今の小さな自分を乗り越えて自ら成長していこうという
思いにあふれていて、心から共感できるものだった。
過去のクエストカップの出場者の中にも、この場で自分の夢を語ったことで、
その実現へと大きく動き出したと後日談を語る先輩は多い。
この日、この場で、発表してくれたみなさんが、
自ら描いた未来の自分を大きく超えて、力強く人生を切り拓いていくことを切に願う。