今年は過去編6編、未来編3編が全国大会出場の切符を手に入れた。自分史の審査は、①語彙の豊かさや文法など基本的な文章を書く力が身に付いているかどうかを見る「文章力」、②単なる出来事の羅列ではなく、魅力的なストーリーとして組み立てられているかを見る「構成力」、③伝えたいメッセージが明確で、心動かされる表現となっているかどうかを見る「表現力」、④自らの内面と深く向き合い、それが反映された内容になっているかを見る「内省力」、そして、⑤自らの力で答えを求め、より深く追究しているかどうかを問う「探究力」の5つの観点で総合的に審査を行うが、全般的に文章力や表現力、構成力においては際立ったものは少なかったものの、どの作品にも共通して執筆までの過程で己の内面としっかりと向き合い、自分だけのテーマに辿り着いた跡が感じられた。
9作品ある中から満場一致でグランプリに選ばれたのが、常翔啓光学園中学校の永井涼介(ながいりょうすけ)くんの作品。0歳から保育園に通い、当たり前のようにたくさんの友達に囲まれて過ごしてきた自分が小学校に入学した途端、初めて友達ができないという挫折を味わう。しかし、ある男の子のたった一言で事態が急変し、今の自分を作るきっかけを作ってくれたというストーリー。それ自体は決して珍しい出来事ではないかもしれないが、そのときの自分の心の動きを丁寧に描き、自分の言葉に落とし込んで語る姿に、多くの審査委員が胸打たれた。まるでその当時の永井くんを目の前で見ているような気持ちになるほど鮮明な表現で、その行間から伝わってくるさまざまな感情を想像させる構成力は、他を圧倒するものがあった。また、「どうすれば聴き手に伝わるか?」ということにも意識を向け、声のトーンやスピード、抑揚を計算して発表していた点も高い評価につながった。
一方、準グランプリについては審査委員の意見がふたつに分かれ、2名に準グランプリをあげることはできないか?という意見が出るほどの接戦が繰り広げられた。候補作品は未来編を執筆した常翔啓光学園中学校の新家友唯(あらいえゆい)さんと、過去編を執筆した三浦学苑高等学校の荒木玲那(あらきれいな)さん。新家さんの作品は、未来の自分の状況を想像し、等身大の言葉で大きな夢を語ったもの。審査委員の中から「途中まで過去を振り返っているのか錯覚してしまうほどリアリティがあった」という言葉が出るくらい自分の姿をとことん具体的に描き、その探求の深さに多くの票が集まった。未来を具体的に想像し、言葉にすることによってそれを現実に引き寄せることができる。近い将来、彼女が夢を実現する姿が目に浮かぶ素晴らしい作品だった。一方、荒木さんの作品は今現在も葛藤の最中にあることを滲ませながら、ありのままの自分を認め、迷いながらも自分で選んだ道を堂々と進みたい、という力強いメッセージが審査委員の心を動かした。また、今この瞬間に沸き上がる感情をそのままストレートにぶつける、単なる朗読とは違う独自の発表スタイルで、自分というものを見事に表現することかができた。“伝えたい思いが溢れている”そんなことを感じさせる発表だった。どちらの作品も構成力、表現力、探究力においては申し分ない互角の戦いだったが、より深く自己の内面と向き合い、心に響く作品はどちらか議論した結果、荒木さんに軍配が上がった。
今年もさまざまな切り口で自分というものを表現し、臆することなく全力で自分らしさをぶつけた生徒たちと出会い、まっすぐに自分と向き合う美しさと尊さを教えてもらった。出場したすべての生徒たちの勇気と探究の跡を心から讃えるとともに、すべての生徒に賞を贈りたいと思う。
(審査委員 本田友美)